村岡花子と電話機との関係 その知られざる秘話

  • 2017.02.12 Sunday
  • 15:40

 

東洋英和女学校四年の村岡花子は、親友の柳原子に連れられて、歌人の佐々木信綱を訪問した。歌の指導をお願いしたのだが、雑談の中で、あなたの学校の先輩がわが門下にいる、現代文学に精通した人ですから。ぜひ会いなさいと勧めてくた、その人が片山廣子である。
花子は片山の人柄に魅了され、親しく交際した。片山は翻訳の訳語に行き詰まると、花子の助けをよく借りたといいます。ある日、童話を書いてみないか、と花子に言った。試しに10枚ほどの作品を仕上げて持参すると、雑誌社に世話をしてくれた。そして生まれて初めて原稿料をもらった。それから張り切って童話や物語を書き出した。

 


ある日、電話を買わないか、と勧められた。

 

 

大正12年9月の関東大震災直後のことである。売りぬしは英文学者の本田増次郎である。フランダースの犬をわが国で紹介した元外交官。動物好きの本田は名作黒馬物語も訳しています。


本田は、住まいを整理し、旅に出るつもりでした。ついては自宅の電話をこの震災で被害を受け、これから再出発しようとしている人に譲りたい。金儲けの考えは一切なかった。

 

自分が愛した電話のありかとして、後々いつ考えても心が楽しくなる方のところに置いておきたい。そう本田氏が片山に頼んだと言う。

 

片山は、うってつけの人がいると、花子の話をした。当時電話は貴重で、特に震災で消失してからは、売買相場は法外だった。それを本田氏は大変な安値だ花子に譲ってくれた。花子を気に入ってくれた理由が後々わかった。また片山が即座に花子に買い手に思い浮かべた訳も判明した。

 

本田家の電話番号は870番だった。はなまると覚えれば良い。本田氏がこの番号を大事にしていたのは、一人娘の名が村岡と同じ花子だったからである。娘と同じ同名の人なら喜ぶのも当然だった。


村岡花子は戦前はラジオのおばさんで知られている。

 

 

NHKで日曜祭日を除く毎日の夕方、5分間の子供向けニュースを放送していました。戦争が始まり、子供にいくさの話をしたくないと辞表を出しています。

 

 

そしてモンゴメリーの赤毛のアン翻訳に没頭しました。全十巻のシリーズを訳し終わるのに七年かかっています。出版されたのは昭和27年からで、10巻目が刊行されたのは昭和34年でした。

 

やがて赤毛のアンブームが巻き起こった。まず少女たちが熱狂し、やがて成人女性が愛読をしています。

勝海舟が女将から教えてもらった人生で大事なこと

  • 2017.02.10 Friday
  • 18:44

 


自然のゆるキャラ

 


なごり雪の笑顔が可愛い


もうすぐ春だよ

 

 


人の心は顔に表れる、だからABCの読めない人でも、


顔を見れば性格を読み取れるのだ。

 

 


豪雪が続いています。被害がないようにお祈りします。
先日降った雪もきえかかり、笑顔の雪が名残惜しそうです。すぐ横では、ホトケノザが咲き始めました。

 

 

 

 

                                                                                            山梨市 フルーツ公園にて

 

 

 

勝海舟が女将から教えてもらった人生で大事なこと


勝海舟が青柳と言う料理屋に入ったときの話です。店の中を見渡すと女将が掃除をしたり忙しくしていたので、この店は景気が良いように見えると言いました。

 

すると女将は、とんでもありませんと答え、話を続けました。お店にお金は一文もなく、亭主は金策に走り回っています。


人気の呼吸と言うものは難しいもので、苦しさをお客様や雇い人に見せてしまうとダメになります。
この話を聞いた勝海舟は、外交でも何でもすべてはこの呼吸の中にあると悟り、大変良い学問をさせてもらったと手持ちの30両を用立てたそうです。


苦しい時も弱音を吐かず元気に振る舞うこと。それが幸運を呼び込む秘策です

雛祭りの歴史 体に寄り付いたものを流すという習慣があった

  • 2017.02.09 Thursday
  • 11:43

虫食いアートのゆるキャラ

 

 

 

ぶどう畑で見つけました。なんともほほえましい雑草のアートです。

 

言葉よりスキンシップ


もっと 仲良くなろう

 

 

 

雛祭りの歴史 体に寄り付いたものを流すという習慣があった

 

もうすぐひな祭りです。子供の幸せを祈り、病気や災いをさける心が、世界のどこにもない人形を中心とする節句行事を創りあげた、日本人の感性に 「ありがとう」。


旧暦の3月3日は現在の4月上旬に相当するとか。暖かさを感じる一方、雨も多い。冬の冷えが体に残る季節の変わり目。病気にかかりやすく、水害など自然災害も起こりやすい時期でもあった。このような災厄を、かつては「人形」に託して川や海に流した。

 


「体に寄り付いたものを流すという習慣が原始的なものとしてあったと考えられます」


『源氏物語』の「須磨」にも、光源氏が3月最初の巳の日に「人形」を船に乗せて流す場面があります。その名残を留めるのが「天児」「這子」といわれるもの。幼児の枕元などに置かれた。後に玩具化され、現在の人形の祖型になったとされる。


3月最初の巳の日、すなわち「上巳の日」に水辺で禊(みそぎ)を行う古い風習があった。水が温み、大地も生き物も、命の力がみなぎり始めるころ。「雛祭りには、新しい季節の力を受け入れる。古いものを脱ぎ捨てて新しい自分に生まれ変わる、という儀式だったのかもしれません」


こうした風習がもとになり、3月3日が「上巳の節句」と呼ばれるように。人形遊びと習合され、子ども、特に女の子のつつがない成長と幸せへの願いが込められた今日の雛祭りになった。


上巳の節句のころは桃の開花の時期。「木偏に兆と書いて桃。大地が芽吹く兆し、春の兆しです。鮮やかな花を咲かせてまっすぐ上に伸びる桃、不老長寿の象徴とされる桃に、いつまでも丈夫にという願いを託したのではないでしょうか」


民話の「桃太郎」が桃から生まれるのも桃の生命力の証し。「もも」の音は「百」の字に通じ、種の中の仁は漢方に使われる。

 


桃の節句には雛人形を飾り、季節の食材を使った食事を楽しむ。


「その時に最も生命力が旺盛なもの、つまり旬のものを食べることで環境を自分の中に取り入れ、季節をことほごうと考えたのでしょう」。

 

雛祭りの歴史、おもしろいものです。

 

ありがとうは、「奇跡の言葉」です

  • 2017.02.08 Wednesday
  • 09:26

JUGEMテーマ:こころ

 

 

石のゆるキャラ

 

 

 

 

手のひらサイズの幸せが いい!

 

幸せも不幸も、ほんのすぐ隣にある。

 

今が幸せと思えば、幸せ。

 

今が不幸と思えば、不幸せ。


辛いという文字に、横棒を一本足せば、

 

                   幸せになる。   
                                                                                                                   簡単なことさ。 

 

 

小春日和の朝、のんびりと日向ぼぅこを楽しんでいる

石を見つけました。

 

 

 

マレーシア・ボルネオ島の先住民は、ありがとうを意味する言葉を持たないらしい。互いに助け合うのは当然と皆が思っているから、言う必要がないのだという。


東京のある少年が、作文コンクールでホイットマン賞に輝いた。題名は「ありがとう」。彼は先天性の脊髄疾患により手術と入院を繰り返してきた。不可能と思われた歩行も、 小学1年の今では、杖を使って歩けるまでになった。家族や友達の励ましに包まれながら、リハビリに挑戦する毎日だそうです。


子供の純真な心の詩です。

 

 

ありがとう


ぼくはなんにでも、ありがとうをいうよ。

 

夏には鳴いているセミたちに。

 

春には桜、秋は紅葉、冬には雪に。


いつもいうのは、かぞくとがっこうのともだち、

 

あと、のみものとコップとつくえと、

 

もう/ちきゅうぜんぶ、

 

ついでにうちゅうのぜんぶにも!

 

 

ありがとうは元来、そうあることがまれだとの意味があります。この当たり前を当たり前と思わない心は、困難を乗り越える中で育まれるもの。感謝できる人は幸福の灯台です。

 

 

ありがとうは、「奇跡の言葉」です

 

 

 

マーク・トウェーンの トムソーヤの冒険 トムこそ作者の分身

  • 2017.02.06 Monday
  • 18:55

JUGEMテーマ:読書

 

マーク・トウェーンの トムソーヤの冒険 トムこそ作者の分身

 

 

 

ゆるキャラ 虫食いアート

 

 

虫がこんな顔にしてくれました。

 


ホント 身を削る思いです

 


私もトムソーヤのような冒険がしたい。


人生楽しくなくちゃ ネ。

 


トムソーヤは、勉強嫌いで遊びが大好き、喧嘩早いいたずら者、それでいて憎めない少年である。

 

トムを世話をしている叔母がある日、彼に板塀のペンキ塗りを命じた。

 

トムはいかにも楽しくてならんと言うふうに作業をし、友達を騙す。

 

何か品物をくれれば、この楽しい仕事を代わってやると言う。次々とやってくる友達を、この手で誘い、短時間で塗装工事を完成させてしまう。

 

手に入れた品物は次の通りだ。新しい凧、弾き玉10個。風琴の1部分。パチンコ。古い上。白い角。おもちゃの兵隊。花火6本。ナイフの柄等々。

 


マーク・トウェーンの代表作 、トムソーヤの冒険の最初のシーンです。


トムはある晩、殺人事件を目撃する。犯人は同じ村の人である。しかし訴えることができない。見ただけで証拠がない。なんとか確かな証拠を手に入れるために、友達と犯人をつけ狙う。そんなある日大変なことになった。トムは女の子と2人きり、洞窟内で迷ってしまったのだ。さー、トムはどうしたのだろうか。


彼はポケットを探る。するとタコ糸が出てきた。女の子に糸の端を持たせると、決して動くなと言い含め、真っ暗な洞窟の出口を見つけるため、糸を伸ばしながら進んでいく。行き止まりにぶつかったら、糸を頼りに元に戻れば良いのである。

 

こいつは例のペンキ塗りの獲得品である。物語の重要なことを、最初にさりげなく示されていたわけである。この巧みな物語は自分の少年時代を描いたらしい。トムこそ作者の分身だったのである。

 


作者のマーク・トウェーンは12歳で父を失うと、印刷屋の小僧となり、文字を覚えた。印刷工として各地を転々、やがて、ミシシッピー河の水先案内人になった。マーク・トウェーンは筆名だが、これは水深約3メートルの意味で安全水域を告げる水先案内人の用語を借りている。

 

 

 

植物と虫たちは芸術家です。

じっくり探すと思わぬ発見があります。 

甲州市 勝沼で